【その12】茶の湯に学ぶ心
茶の世界は、まだまだ奥が深く、決して一言で表現することはできないと思いますが、どれをとっても、人の心を教える振舞として茶の世界をとらえいのでてもいはないかなと自分なりに考えるようになりました。
利休は、茶の湯とは、「茶は服のよきように点て」「炭は湯の沸くように置き」「冬は暖かに夏は涼しく」「花は野にあるように生け」「刻限は早めに」「降らずとも雨の用意」「相客に心せよ」、この七則がすべてだと教えています。
茶道とは生活の中の「もてなし」と「しつらい」の美学だといってもよいでしょう。亭主となった人は、まず露地(庭園)をととのえ、茶室の中に、掛物や水指・茶碗・釜などを用意して、演出の準備をします。そして亭主と客の間に通う人間的な心の交流が何よりも重要な要素となります。それを「和敬清寂」の精神というのだそうです。
この精神世界を表現した茶室というのは世界的に見ても特殊な建造物です。ヨーロッパでは哲学的思想や宗教的思想がありますが、それは言葉の世界であって、動作をともなうものではありません。モジュロールという人体寸法が取り入れられたのは近代になってからのことで、歴史的な公共性の高い建築物というのは往々にして、ヒューマンスケールというものからかけはなれているのです。我が国では、人の動作寸法やモノに対する意識から建築物をヒューマンスケールの容れ物として考えてきたという点があり、その究極の空間が茶室というわけなんですね。
「叶いたるはよし。叶いたがるは悪し。」と、古人は教えていますが、どうしても、人と人とのつきあいというのはうわべだけのものになり、叶いたがろうとしてしまうものです。叶う心は自然に生まれてくるものであり、自分の誠意を持って人に接することができれば、それは充分に叶うものであると思います。また、相手の誠意のなかに入ってゆくのだという、客としての誠意も必要となってきます。
これらのことは、よく考えると茶道のなかに振舞として、自然に組み込まれていて、何も考えずとも、とりあえず出来るものなのですが、それでは、何の意味もありません。不器用でも、その心に触れた時にはじめて茶の心を拾得できるものなのでしょう。その場が、茶室というものであって、決して、見せかけのものではないんですよね。人に使われてこそ生きる、そんなものなのです。
高台寺「傘亭」 |
高台寺「時雨亭」 |
これから先も茶の湯という文化は生き続けることでしょう。しかし、おそらくは茶室は基本的な要素は受け継がれながらも、その時代に合わせて少しずつ変化してゆくのではないかなと思います。また、そうあるべきで、昔のまま進化しなければ、歴史として受け継がれることはないのですから。
まずは、先人達の創りあげた美しい茶室に訪れて、彼らの心の中にはいってみてはいかがでしょうか。
【京都にある茶室・茶屋 桂離宮月波楼】
・桂離宮笑意亭
・桂離宮松琴亭
・曼殊院八窓席
・西芳寺湘南亭
・詩仙堂
・南禅寺金地院八窓席
・妙喜庵・待庵
・大徳寺玉林院蓑庵