◆もてなしの楽屋裏 vol.4◆
 以上は主としてもてなしの舞台としてのL領域とD領域の考察だったが、ここでD=食堂とK=台所の関係をもてなしの観点から考えてみよう。フオーマルなもてなしの場合は、客に調理で散らかった台所を見せたくないのが自然の心理だから、この二つもいわゆるダイニング・キッチン=DKではなく、完全に分離した「D+K」が望ましい。しかしそれはあくまでフォーマルなもてなしという観点から見た場合のことであって、日常的な家族の食事のことを考えれば、主婦でも主夫でも、調理担当者が食卓から孤立するのは一般に望ましいことではない。もちろん夫婦のどちらか、あるいは双方が本格的な料理が好きで、ハイカロリー・バーナーなどを使い、調理臭や汚れの広がりを台所内にとどめたい場合は台所を分離するほうが賢明だ。しかし普通の家庭では食卓から調理する人間の顔が見えるような間取りが家族の連帯感を強めるし、後片付けなどで他の家族が役割交代して台所に入るきっかけもつかみやすい。しかし食卓と台所が全く一つになったDKがもてなしに不適当なこともまた確かである。もてなし=宴をひとつのパーフォーマンスととらえれば、舞台には必ず楽屋裏が必要なものだからだ。

 このように日常的な食事と客を迎えての宴の双方をまあまあまんぞくさせる現実的な妥協案としては、約85cmの調理台の食卓側に30cmほどの立ち上がりを持つ110-115cm ぐらいのカウンターが両者を仕切っている形式がよいのではないか。これはセミ・オープン・キッチンと呼び慣らわされている形式で、これだと食卓に座った位置からシンクやレンジまわりの汚れ物が見えないが、台所に立っている調理担当者の顔は見えるし会話も交わせる。食卓とセミ・オープン・キッチンの関係をさきほどの記号で表わせば「D/K」ということになるだろう。

 楽屋裏ということで思い出せば、住まいにおけるもてなしで重要なのは、ホステスである主婦の役割で、この役が楽屋裏に引っこんでいてはならないのは、いまや常識だろう。主婦(主夫でもいいがとにかく調理担当者)が客の会話に加わり宴の精神的な高揚にも貢献することは、料理の質以上に重要なもてなしのポイントである。そのためには、客が来てから調理を続けるのではなく、あらかじめ調理しておいたものをタイミングよく暖めて出す程度にして、それに適する料理、たとえばシチューなどを主菜にすべきだろう(もっとも日本には鍋という手もあるが)。

 しかしいくら下準備をしておいても、使用人のいない家庭でのホステス役の仕事はいろいろある。欧米の映画を見ていると、あっちの夫はこのあたりをよく心得ていて夫婦で自然に力を合わせている。さきほどの序曲的な場面で客の好みの酒を注いだり、ミックスしたりするのは、たいてい夫の役割で、妻はその間に客を紹介したりしながら、ひたすら飲んで会話に参加しているようだ。しかし場が食卓に移ってからは料理を出すのは妻の担当で、準備が済んでいてもそれを運ぶために食卓を立たなければならない。その手間をできるだけ省いて妻が会話し続けるためには、既に盛り付けてあったり、暖めて皿に盛るだけの料理を食単に運ぶウェイター、ウエイトレス役を臨時の使用人として雇うのも一案ではないか。

 『昔みたい』(Like Old Times 1980 ジエイ・サンドリッチ)という映画では、女流弁護士、グレンダ(ゴールデイ・ホーン)が、検事で州の法務長官に立候補した夫、アイアラ(チャールズ・グローディーン)の選挙運動の一環として知事夫妻を自宅に招いて奮闘する。そのとき彼女は知事の好物であるチキン・ペパロニ(なんかあんまりおいしそうではないが、これは知事が田舎者であることを暗に示すのだろうか?)を昼間から作り置いてメイン・コースとし、それを食単に運ぶウェイターを臨時雇いする。このパーティもさきほどからの事例のように、居間で食前酒を出し、臨時のウェイターが「Dinner is served, madam 」と言って食堂へ・・・というはずだったが、このウェイターが消えてしまい、代わりに詐欺で追われているので、夫にも内緒でかくまっていたグレンダの前の夫、ニック(チェビー・チェイス)が現われるので大騒ぎ、ということになり、以下の食い違いの連続はニール・サイモン脚本だけに、素晴らしい呼吸で展開する。それはさておき、こういうウェイター役は、十代の子供でも済むので、自分の息子か娘に臨時のお小遣をやって頼んでもいい。自分の子なら金銭は家庭の外に出て行くわけではないという意味で経済的だし、それがまた子供の社会的訓練にも役立つかもしれない。


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