ここで筆者に与えられた役割は住まいにおける「もてなし」の空間のあり方を建築家として考察することなのだが、いきなり「ホーム・パーティに適した間取り」などという話題に突入してしまうと、文化としての「もてなし」の本質を見失いかねない。思うに「もてなし」とは空間の問題である前に心の問題であり、言い換えれば自然な気遣いこそが本質である。ましてそこに酒がからめば、客に気持ちよく飲ませることが肝要だ。
そういう観点からすてきな「もてなし」として思い出されるのは小津安二郎の名作『浮草』(1959)の一場面である。この映画は、旅役者の一座が港町へやってくる場面から始まる。座長の駒十郎(中村雁治郎・先代)は、昔馴染みのお芳(杉村春子)を訪れる。二人は二十年前には相思相愛で子供まで設けた仲なのだが、旅が稼業の駒十郎は子育てを女に託し、自分は伯父ということにしておいて、時々訪れては成長した息子の姿を見るのである。お芳は自分の営む一膳飯屋の店先に駒十郎を迎えて再会を喜びあうが、やがて「あっちのほうが涼しいから」と奥へ誘う。ときは夏の昼下がり、ところは南紀なので暑さはきびしいが、小さな裏庭に面した座敷には風の道が通うらしく、座を定めた駒十郎は「ええ風くるなぁ」と喜ぶ。そこで実にほどよいタイミングで「一本つけましょか」「そうしてくれるか」という会話が交わされ、お芳が手早く酒肴を整えて運んでくる。商売柄でもあろうがその手際がいいし、一杯飲んだ駒十郎が「おまえもいこか」と酌をしてやる呼吸も絶妙で、これは実に羨ましい酒のもてなしである(ついでながら、夏でも冷やではなく当然のように爛して飲むのは、最近の日本の状況に比べて注目に値する)。
客を風の通う場所へ招き入れるのは空間の問題と言えないこともないが、ここで心を惹かれるのは小さな宴が主客の息のあった流れの中で展開することである。久しぶりの再会だから酒になるのは当然としても、まだ陽の高いうちだから、いくら昔馴染みでも男のほうから酒を飲みたいとは言い出しにくい。そこへ「一本つけましょか」は嬉しいだろうねぇ。つまり、あくまで場合によっては、だが「昼間っから飲ませる」のも「もてなし」の心の一つだと言ったら言い過ぎだろうか。私はまさか昼から日本酒は飲まないが、夏の昼下がりに気楽な訪問をしたときには「コーヒーですか、お茶ですか」と訊かれるより「ビールでもいかが?」と言われるほうがありがたい。
住まいにおけるインフォーマルな宴では、これとは逆に、客が主に酒をすすめる気遣いをする場合もある。『スクープ・悪意の不在』(Absence
of Malice 1981 シドニー・ポラック)では、亡父がマフィアの幹部だったが現在は堅気の商売をしているマイク(ポール・ニューマン)が、家系ゆえに殺人容疑者となり、それをスクープした女流敏腕記者、ミーガン(サリー・フィールド)と険悪な仲になるが、やがて誤解がとけて二人は恋仲になる。そしてミーガンがマイクを自宅で手料理をふるまう宴に招いたとき、彼はリボンをつけただけで包装もしていないワインを一本、手にしてやってくる。このいかにも「近所でちょつと買ってきたんだけど」というさりげなさがいい。ミーガンがオープン・キッチンで野菜の皮を剥きながら「それなに」と銘柄を問うと、マイクは「お馴染みのボルドー、いい年(very
good year)のものだ」と答え、栓を抜いて香りを嗅ぎ「いい匂いだ」と言ってから、大袈裟なティスティングは敢えてしないで、ワイングラスを自分で探し出して注ぎ、キッチンのカウンター越しに調理中のミーガンに差し出す。その後で自分の分を注いで、立ったまま飲みつつ会話を続ける。
ここで客を招いた側のミーガンの気持ちを考えてみよう。この前に二人がバーでたっぶり飲んで意気投合する場面があることから、彼女が酒飲みであることは明らかだ。しかも新聞記者という激務の後だから、帰宅したらまず気つけの一杯という気分にもなるだろうが、恋人を招いて料理をしているのだから、先に飲んでるわけにはいかない。しかし実は料理をしていて、先の手順が分かっていると飲みたくなるものなので、私も時々、自分の家庭科理の唯一のセールス・ポイントになっている「お好みソース三種つきスパゲティ」を家族のリクエストに応じて威張って作る夜は、ソース素材の刻みを終えると、後は慣れた手順ゆえに気楽になってワインの栓を抜き、レンジの前でチビチビやりだすのですね。そういう調理人の気持ちはヴァージニア州検屍局長、ドクター・スカーペッタのモノローグにも語られている。<大きなボールに強力粉とイースト、砂糖ひとつまみとオリーブオイルを計って入れた。オーブンをつけて低温にセットし、コート・ロティの栓を抜いた。これはシェフが本格的に仕事にとりかかるときに飲むためだ。食事のときはキャンティをあけるつもりだった>(パトリシア・コーンウエル『死因』p.83-84)
つまりこの映画のマイクは、飲みたいけどホステス役として飲んでるわけには行かないミーガンに、お土産のワインを、セカセカという感じで栓を抜き、グラスに注いで自分より先に飲ませることで、気心の知れた客としての逆側からの「もてなし」をしたのである。

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