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源氏物語発見

 白い花が咲いていた。たそがれの花、夕顔。五条の場末の、つる草のからまる小奇麗だが狭い家の、名も知らぬその花に似た不思議な女に光源氏は夢中になる。 どう考えても「下が下」と思われる女と「上が上」の男の、信じられない密やかなランデブー。 男は名乗らぬし、女も「海人(あま)の子なれば」と言って身分を明かさない。暗闇のなかの愛の耽溺。しかし、恋の終わりは、突然だった。

源氏物語発見第三話イメージ写真
 巨大な廃屋・某院(なにがしのいん)、宵過ぎる頃。恋の逃避行にやってきた二人を、廃屋に棲む物の怪が襲う。 物の怪は「私がこれほどお慕い申し上げているのに、あなたはこんな女を」と、女にとりついたのだ。 女は痙攣(けいれん)し、すぐに死んだ。真っ暗闇のなか、木霊がひびき、梟(ふくろう)が啼き、近づく足音がする。 光源氏とて生きた心地がしない。それでも彼は刀を抜き、気丈に振舞うが、いつも傍にいる乳兄弟の惟光(これみつ)がいない。 一人奮戦する夏の短夜がはてしなく長い。明け方、ようやく片腕と頼む惟光がやって来ると、光源氏は、せきを切ったように泣いた。 惟光は、機敏に事後の処置をする。光源氏には自邸に帰るよう助言し、遺体は敷物でくるむ。黒髪が外にこぼれていたが委細構わず車に乗せ東山に運んだ。 東山は鳥辺野(とりべの)のあたり。惟光の父の乳母が、いまは無残に老い、尼となって住んでいる。そこは人目もまれで、事件をもみけすには恰好の場所であったのだ。 翌日夕刻、恋しさに堪らぬ光源氏が、報告に来た惟光を責め、馬に乗り危険をおして東山に行く。対面した女の遺体は、まるで生きているようにあやしく、可憐で美しい。 夏の夜の短さ。人目を忍び朝まだき露の道を帰る道中。賀茂川の堤のあたりで光源氏は悲しみあまって馬から降りてうずくまる。「お連れするのではなかった」。 惟光は手を洗い、清水の観音を必死で祈る。「南無観世音菩薩、この危急を救い給え」。異様な悲しみは、傍から見るとどこか滑稽だ。 まもなく彼女は荼毘(だび)にふされ、鳥辺山の煙となる。かくして惟光の暗躍で夕顔は秘密裡に処理され、事件は迷宮入りとなった。

 後で分かったことだが、女は「下が下」の女ではなかった。彼女の父は三位中将。上流階級である。その父が死に、女の運命は暗転する。 縁あって光源氏の親友である頭中将の愛人となったが、本妻の知るところとなり、脅迫文を送り付けられる。 怯えた彼女は、頭中将にそれとなく知らせたのだが、分かってもらえず、ついに意を決し乳母の家に身を隠す。五条の家は乳母の娘の家。 別のところに移るため、たまたまここに方違えに来ていたところを光源氏に発見されたのである。頭中将との間には幼い娘がいる。 彼女のことは、雨夜の品定めの時、逃げられた頭中将が実に無念そうに語っていたことを、読者諸君も覚えていよう。 光源氏も、恋の途中でその女と気がついたのだが、親友には何も言わなかった。彼女のもつ異様な魅力が彼を黙らせたのだ。
 乳母の家にいた幼い娘は、母の行方が知れぬまま、乳母について九州に行くという数奇な運命をたどる。 そして母の年齢になった時、京に戻り、光源氏の前に現れる。忘れられない夕顔の再現である。娘の名は玉鬘(たまかづら)という。 このあたりの話は、稿を改めてすることにしよう。
 なお、夕顔をとり殺した某院の物の怪を、同じ巻に出てくる六条の貴婦人、つまり六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)だと考える向きが多い。 彼女は源氏物語における「ミセス物の怪」ともいうべき女性であるから、そう考えたくなるのも分からぬではない。 が、この巻の後半で、当事者である光源氏本人が、廃屋に棲み自分に岡惚れしている物の怪であると断定しているのだから、素直な夕顔同様、読者も黙って光源氏に従うべきであろうと思う。


 
 
ゆかりの地へのアクセス

夕顔が荼毘に付された鳥辺野は、西大谷本廟から清水寺に至る山間のこと。 今は、全山墓所となっていて壮観である。17世紀のころから浄土真宗の墓地として営まれてきた。 整備が進められているが現在でも江戸時代の墓が多く見られる。源氏物語の頃、ここは貴族の火葬場であった。 「鳥辺山の煙」は人の世の無常の例えとなって人口に膾炙している。京阪電車「五条」駅から10分程度で本廟に着く。 さらに北側の細道を15分も登れば清水寺に到達する。清水寺最短コースだが、店は花屋のみ。ちょっとマニアックだが、墓場の中の一本道を一度は歩いてみられるとよかろう。


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