源氏物語発見
白い花が咲いていた。たそがれの花、夕顔。五条の場末の、つる草のからまる小奇麗だが狭い家の、名も知らぬその花に似た不思議な女に光源氏は夢中になる。
どう考えても「下が下」と思われる女と「上が上」の男の、信じられない密やかなランデブー。
男は名乗らぬし、女も「海人(あま)の子なれば」と言って身分を明かさない。暗闇のなかの愛の耽溺。しかし、恋の終わりは、突然だった。
後で分かったことだが、女は「下が下」の女ではなかった。彼女の父は三位中将。上流階級である。その父が死に、女の運命は暗転する。 縁あって光源氏の親友である頭中将の愛人となったが、本妻の知るところとなり、脅迫文を送り付けられる。 怯えた彼女は、頭中将にそれとなく知らせたのだが、分かってもらえず、ついに意を決し乳母の家に身を隠す。五条の家は乳母の娘の家。 別のところに移るため、たまたまここに方違えに来ていたところを光源氏に発見されたのである。頭中将との間には幼い娘がいる。 彼女のことは、雨夜の品定めの時、逃げられた頭中将が実に無念そうに語っていたことを、読者諸君も覚えていよう。 光源氏も、恋の途中でその女と気がついたのだが、親友には何も言わなかった。彼女のもつ異様な魅力が彼を黙らせたのだ。
乳母の家にいた幼い娘は、母の行方が知れぬまま、乳母について九州に行くという数奇な運命をたどる。 そして母の年齢になった時、京に戻り、光源氏の前に現れる。忘れられない夕顔の再現である。娘の名は玉鬘(たまかづら)という。 このあたりの話は、稿を改めてすることにしよう。
なお、夕顔をとり殺した某院の物の怪を、同じ巻に出てくる六条の貴婦人、つまり六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)だと考える向きが多い。 彼女は源氏物語における「ミセス物の怪」ともいうべき女性であるから、そう考えたくなるのも分からぬではない。 が、この巻の後半で、当事者である光源氏本人が、廃屋に棲み自分に岡惚れしている物の怪であると断定しているのだから、素直な夕顔同様、読者も黙って光源氏に従うべきであろうと思う。
ゆかりの地へのアクセス
夕顔が荼毘に付された鳥辺野は、西大谷本廟から清水寺に至る山間のこと。 今は、全山墓所となっていて壮観である。17世紀のころから浄土真宗の墓地として営まれてきた。 整備が進められているが現在でも江戸時代の墓が多く見られる。源氏物語の頃、ここは貴族の火葬場であった。 「鳥辺山の煙」は人の世の無常の例えとなって人口に膾炙している。京阪電車「五条」駅から10分程度で本廟に着く。 さらに北側の細道を15分も登れば清水寺に到達する。清水寺最短コースだが、店は花屋のみ。ちょっとマニアックだが、墓場の中の一本道を一度は歩いてみられるとよかろう。
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