【第1回】水野義之+平川秀幸

(その4)伝統を乗り越えるエネルギー
坂本:
ところで、ここ鳥居本さんのお料理は「祇園料理」というそうです。これは創業当初からのコンセプトをきっちり守っていくうちに、誰言うともなくそう呼ぶようになったそうです。こういうところにも京都の伝統へのこだわりがありますね。料理のスタイルを守ろうとする料理人と、それを正当に評価する人たちがいます。
水野: なるほど。料理と言えば……フランスでもそうなんだけど、国王が食べていたものが結局フランス料理として残ってるわけなんですよ。京都の料理もやっぱりそうなんでしょうね。恐らくお公家さんなんかが食べていた料理が、京料理という形で残っているのでしょう。庶民としてもそういう生活様式に少しでも近づきたいというのが文化の大きな形成要因になるのでしょうね。つまりお公家さんがマイノリティである時代があったとしても、その人たちが持っていた文化というのは、京都の庶民にとっては非常にシンボリックなものがあったわけです。
坂本: そういう意味ではまた話が戻りますが、今、どんどん大学の流出が進むと、京都にあこがれて大学に来ようと思っている人たちに期待感がなくなってしまうでしょうね。ある意味シンボリックなものが失われていく。
水野: 大学をつなぎ止めるようなことは、政策的な誘導によってできるはずだと思いますけどね。高さ制限や建坪率なんかの問題なんかは特に。ただ大学を建て増しすることについて、あまり大きな圧力団体になり得なかった経緯があるのかも知れません。
坂本: 大学が盛んに増築を言い出していた時期に、当時の行政はすべてを否定していたのですかね。なんとなく規則を楯に、単純に否決していたようなイメージを受けますね。
水野: 都市政策の一環として、「もっとこうすべきだ」という別の政策をとれたはずですよ。
坂本: しかし仮にそういう政策を打って、京都の中心部にある大学が40m級の学舎を建て始めたとき、古都の景観はどうなるんだという、また別個の問題が浮上してくる。利便性を求めるのか、伝統を守るのか、難しいところですね。
水野: それは住んでいる人たちの生活感覚で決めればいいのではないでしょうか。感覚そのものは時代とともに変わるのであって、特定の数字やなんかに固執すると伝統を乗り越えること自体ができなくなってしまう。
平川: それもそうですし、そろそろ長く使える建物を建てるべきではないでしょうか。環境面でも経済面でも言えることでしょうが、50年経ったらもう壊さなきゃいけないというようなことでは、それを捨て去るにしても新たに建てるにしても、経済的なコストも環境に対するコストも非常にかかるわけです。ヨーロッパの場合、古いものをそのまま長く使う知恵を持っています。日本もたぶん昭和になる前あたりまでは、古い建物をそのままメンテナンスしながら使っていく発想があった。古いものを単に古いものとして置いておくのではなく、古いものを今の時代に繋げて、今の時代も古いものに繋げて、その先に未来を創っていく、というようなことが大事なんじゃないかと思います。長期のビジョンの中で「こういう街をつくりたい」という意見を出し合ってそれを目指していく。そのために今どういう問題があるか、それを乗り越えるには何年以内にどういうプログラムをたてて、どういうペースでやっていったらいいのか、これを検討していく。こういう手法を環境問題では「バックキャスティング」と言います。
坂本:
今日のお話のなかで、伝統があるからそれを乗り越えようというエネルギーが、文化を形成するうえで非常に強い原動力になり得るものだということをとても理解できました。深い歴史の中にある伝統をきっちりと踏まえたうえで、それを乗り越えることが肝要ですね。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

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