京都を舞台にした小説をはじめ、京都を案内する本、京都の歴史や文化について解説してある本などなど、47都道府県ある中でも「京都」ほど取り上げられている都市はないのではないでしょうか。この連載では、京都で活動するライター2人が交代で、何かしらのカタチで京都が登場する本&本を通して見る「京の町」を紹介します!
今回の担当=江角悠子
「京都のミステリーといえば山村美紗」
そう認識している人は多いだろう。「山村美紗サスペンス」と銘打ったドラマは、今もよく目にする…と思っていたが、まさか彼女の死から20年以上も経っていたとは。このことを知っている人はどのくらいいるのだろう。私は本を読むまで全然知らなかった。
山村美紗は1996年9月5日、東京の帝国ホテルで亡くなった。心不全、享年62歳。スイートルームのテーブルに原稿用紙を広げ、直前まで執筆していたという。殉職ともいえる壮絶な最期。この山村美紗という女性、一体どんな生涯だったのだろう。がぜん興味が湧いた。
『京都に女王と呼ばれた作家がいた 山村美紗とふたりの男』(花房観音著/西日本出版社)の著者は、山村美紗と同じく京都在住の作家・花房観音。官能小説でデビューし、「官能界の山村美紗」と評されることもある。そんな彼女が、なぜその死から20年も経った今、山村美紗の本を書こうと思ったのか。
2016年、花房さんは「山村美紗」の小説を読もうとしたときに、書店で新刊がほとんど入手できないことに驚いたという。
あれだけ多くの本を出し、ベストセラーになり、ドラマ化もされたのに。たった20年——その歳月の間に、書店から山村美紗の本は消えた。山村美紗という作家がいたことを残しておきたい——書かねばならない。
そう決意して書かれたのが本書である。読み進めるほどに、花房さんの「書き残さねば」という並々ならぬ思い入れが、こちらまで迫ってくるようだった。
山村美紗は作家になることを目指して、何度も文学賞に応募している。締切に間に合いそうにないとき、郵便局で先に消印のスタンプをもらい、3日後に原稿を書き上げ、締切当日の消印のある封筒にいれて郵送したという。さすがのトリックに唸る。その後、作家としてデビューすれば、出す本はベストセラーとなり、長者番付にも名を連ねるように。だが、江戸川乱歩賞や直木賞などの文学賞とは生涯無縁で、そのことに対して劣等感を持っていたという。地位もお金も名誉も手にした女王ですら、満たされない思いがあったとは意外だった。
山村美紗は同業の西村京太郎と京都市内で隣同士の家に住んでいた。「地下道でつながっていたが、山村美紗のほうから西村邸に行くことはできても、西村邸から山村邸に行くことはできなかった」など噂があり、その関係が取り沙汰されもした。だが、山村美紗には、作家になる前から彼女を献身的に支える夫の巍(たかし)さんがいた。
花房さんは、夫である巍さんへの取材などを通じて、山村さんのルーツから、謎多きプライベートまでを明らかにし、さらにはこれまで大手出版社が取り上げることのできなかった、「西村さんとの関係」といったタブーにも鋭く斬り込んでいる。巍さんへの取材だけではない。より突っ込んだ内容を書くため、山村美紗が生前に出した本だけでも200冊以上、そのほか雑誌のインタビュー記事、西村京太郎が山村美紗のことを書いたとされる本などなど…気が遠くなるほど膨大な資料を読み漁り、分析したことが伝わってくる。花房さんの「山村美紗に本質を書き残したい」と迫る執念に、いつしか死の直前まで原稿を書いていた山村美紗が重なった。
昼と夜が完全に逆転した不健康な執筆生活を30年続け、60歳を超え身体がボロボロになってもなお仕事の依頼は断らない。書くことに全てを賭けていたかのような山村美紗の壮絶な作家人生は、彼女が描いたどんなミステリーよりも興味深く、面白い。同時に、それほどの人生を見事に書き切った花房さんの作家としての力量たるや…! 本書を通じて、2人の女性作家の生き様を見せてもらったような気がする。
八坂神社西櫻門から徒歩1分。ぎおん石祇園店の2階にある喫茶室。
本の中で何度か登場したのが、山村美紗さんお気に入りの喫茶室「ぎおん石」。船をイメージして造られたというビルの2階へ上がると、そこには一切の喧騒から切り離された静かな空間が広がっている。私が編集者に連れられて初めてこの店に入ったとき、祇園のど真ん中に、こんな隠れ家のような空間があったのかと驚いた。内装の美しさにも目を見張るものがある。本当は誰にも教えたくないけれど、言わずにいられない魅力な喫茶店。
店舗・施設名 | ぎおん石祇園店 |
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住所 | 京都市東山区祇園町南側555 2階 |
電話番号 | 075-561-2458 |
営業時間 | 11:00~20:30(ラストオーダー20:00)水曜定休 |
Writer江角悠子
Writer江角悠子
京都在住のライター2人で結成したユニット「コトノトショ」メンバー。編集も手がける。活字中毒で何かしら文字を読んでいないと落ち着かない。インスタグラム(@ezumiyuko_books)に、日々の読書記録をアップ中。
WEB:http://w-koharu.com/
Twitter:@ezumiyuko_books