ちょうどタイミング良く、型から外すところを見学させていただけることに。
50年以上使っているという年季の入った型に堂々たるこしあんの羊羹。
「型から外す瞬間は今でも緊張する。試作中は、この二層がうまくくっ付かず、ベシャーって崩れるのが最大の難所やったから。どんだけのあんこと時間を無駄にしてしまったか、思い出すと震えるわぁ…」
と話しながら慣れた手つきでヘラを入れるご主人。
ひっくり返すと、するり、と美しい二層が現れました。
聞けばどうやら、一層目を固めた上に二層目を流し入れて固めれば二層になるという単純なものではないらしい。
一般的な羊羹に比べて糖度が低いことや、一層目と二層目で糖度が異なること、ピンクの層には葛が入っていること、間に接着剤となる要素を挟まないことなど、クリアしなければいけない問題が山積みで、試作期間は休憩を挟みながらも5年に及んだそうです。
「僕が生まれる前から居てはる職人さんにも、ちょっとそら無理やでーって言われたりしながらね。3時間かけて寒天炊いて、6時間かけて冷やして。その前にこしあんも作り、道明寺も用意してっていう2日がかりで作業して、最後の最後にくっ付かへんとかヤバいでしょ(笑)?周りの職人さんも次第に僕に気をつかって、見て見ぬ振りをしてくれるようになりましたわ」
た、確かに、和菓子屋の息子じゃないと許されへんやつかも・・・!
———でも、そこまでしてこの形にこだわったのはどうしてなのでしょう。
「最初に完成形のイメージがあったからやね。普段は素材からとか何製にするかで作りながら模索することが多いのに、これは僕にしては珍しく、ビジュアルが先にポーンと降ってきたから。どんな方法でやったらいいかわからへんけど、とにかく形にしたいという思いがあった」
夜桜をイメージし、下の黒がうっすら透けるような二層仕立てのビジュアルが降りてきて、それなら平野神社でご祈祷された桜の塩漬けを一緒に炊き込んで、さらに桜のリキュールと合わせ羊羹にしたい!と続き・・・
桜のリキュールに負けへん小豆の味を出すには、下の層に風味のしっかりした丹波大納言を使うしかない!となったそうで…。
うん、やっぱ和菓子屋の息子じゃないと許されへんやつやな・・・!(確信)
えっ???っていうか、丹波大納言?!こしあんに?という衝撃。
———丹波大納言をこしあんにすることってあんまりないですよね?
「うん、あんまりないね。うちでも他の菓子のこしあんには北海道産小豆を使うし。」
———あと、丹波大納言特有のほっくりした呉(小豆の中身部分)の粒子感が、このサラッとした滑らかさが身上のこしあん羊羹部分からはいい意味でわかりませんでしたが?
「それはうちの製餡機の石臼の目を徐々に細かくしていきながら何回も通すから」
「これが先先代の頃から使ってる製餡機。今の機械って、どこかが壊れたら全部とっかえなあかんけど、昔のええ機械は構造がシンプル。特に不具合がなくても定期的にメンテナンスをするんやけど、鉄工所の人が言うには、まだまだ何十年かは大丈夫やって」
それは頼もしいこってす!
一層目と二層目を別々に食べると、桜リキュールの薫りやこしあんの風味が分かりやすいです。
それでいて、一緒に食べた方が薫りと食感と甘さのバランスがよく、甘みのキレの良さに唸ってしまいます。
しかも、一人分サイズに切り分けた時にちょうどいい透明感になるためには、すごい逆算が必要ですよね。
平野神社さんからの要望で、桜の開花ピークに向かって、ピンクの色をほんのり濃くしていっているそうですよ。芸が細かい!
「桜の季節は平野神社さんの茶店でも提供数が爆発的に多くなるので、3週間くらいは寝る間もないほど仕込みで慌ただしいんです。もう何年も、盛りの桜は見れてへんなぁ…」
と笑うご主人。
極端に写実的な桜の美しさをこの羊羹に閉じ込めるのは野暮というもの。
ご主人の記憶の中の抽象的な美だからこそ、この京菓子に人は魅了されるのかもしれないな、などと思ったのでした。
店舗・施設名 | 笹屋守栄 |
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住所 | 京都市北区衣笠天神森町38 |
電話番号 | 075-463-0338 |
営業時間 | 9:00〜18:00 水曜休(最終週は火曜・水曜休) |
交通 | 市バス「わら天神前」からすぐ |
ホームページ | http://sasayamorie.com/ |
Writerかがたにのりこ
Writerかがたにのりこ
あんこをこよなく愛し、月に2回は自宅で餡炊きをするフリーライター。 元・漉し餡党、現在はあんこ博愛主義者。