源氏物語発見
源氏物語は光源氏の物語である。たぐい希な資質と輝く美貌に恵まれた皇子光源氏は、三歳の時、母を失う。
そして悲しい影をひきずりつつも、父帝の絶対的庇護のもとで、放縦にしてスリリングな青春時代を過ごした。
人妻空蝉(うつせみ)への執着。謎めいた女・夕顔への耽溺。最大のスキャンダルは、母に似た義母藤壺(ふじつぼ)との間違い。
そして生まれた秘密の皇子が、父帝に偏愛され皇太子となる。破天荒の椿事(ちんじ)である。
しかし、退位後も権力を保持した父帝が亡くなり、時世が新帝側に移ると、たちまち彼の青春は蹉跌(さてつ)し、暗雲漂う政治の場にたたされることとなる。
が、現実を読み違え、あろうことか敵方の女性との密事が敵方の邸で発覚する。進退窮した光源氏は、花の都を脱出する。
一旦、須磨明石の田舎に身を置くという流人の苦境を甘受する道を選んだのだ。とはいえ、三年経たぬ内に神がかりの力で光源氏は復活する。
この復活劇は、中国の龍宮伝説や、海彦山彦(うみひこやまひこ)の本朝皇室起源物語が背景にあって、源氏物語の本質を鋭く示す一大スペクタクルであり、
古来人気を博している部分である。
が、いつしか時は移り、若菜巻が始まる。初老の光源氏は幼い妻・女三宮を娶る。生涯の妻・紫上の悲嘆は深く、死に瀕することになる。 看病に忙殺される光源氏。その陰で、若い柏木(かしわぎ)と女三宮との不義密通が発覚する。因果応報、光源氏は怒り復讐の人となるが、一気に老いた印象を読者に残す。 不義の子・薫が誕生し、光源氏の晩年は悲哀の海と化すことになる。さらに、最愛の人・紫上に先立たれた彼は、仏に導かれた自己の運命を悟り、 再度光を取り戻し出家する。そして、釈迦のいます嵯峨野の御堂で生涯を終える。 光源氏の死で源氏物語は終わらない。運命の子・薫(かおる)と光源氏の孫・匂宮(におうのみや)を中心に、悲遇の一族・宇治八宮の三人の娘が絡む人間模様、 いわゆる宇治十帖が濃密に描かれる。大君、中君、そして浮舟。大君は薫の愛を知りつつも頑固に己の意志を貫いて早世し、中君は匂宮と結ばれて皇子を生む。 最後のヒロイン浮舟は二人の愛をうけいれる壮絶な恋路の泥沼を経験、果ては物の怪に取り憑かれ死にかける。 横川(よかわ)の僧都に救われた後の彼女は仏道を強く志すようになる。
円満具足、喜びも悲しみも堂々たる光源氏の人生に比べ、後の物語の人物たちのスケールは極めて小さく現実的である。 作者紫式部は、後の彼等の小さいスケールを徹頭徹尾に示すことによって、往きて帰らぬ光源氏を哀惜し、その栄光の不滅化を企図しているものと思われる。 その企図こそが源氏物語なのである。