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背景絵 京の町家

【第9回】 京町家のデザイン (その3)夏座敷・風と光

家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。
暑き比(ころ)わろき住居(すまひ)は、堪へがたき事なり。
深き水は、涼しげなし。浅くて流れたる、遥かに涼し。 
    『徒然草(つれづれぐさ)』第五十五段 吉田 兼好

 京都の夏は本当に暑いんです。そういえば最近降らなくなりましたが、私の子供の頃は、夏の3時から4時頃、毎日夕立ちでした。夕立ちが早いか、家人の水打ちが早いか、この清涼感はなんともいえない気持ち良さがあるんです。この水打ちはタイミングを間違えて、早く巻き過ぎると、その水は一気に蒸発しサウナ状態になるんですが、皆そのあたりのタイミングは絶妙に心得ておられます。お風呂上がりに浴衣に着替えて、夕涼み。京の夏の風物詩です。
 7月の祇園祭からはじまって、8月中旬にそれぞれのお家で盂蘭盆会(うらぼんえ)、16日には大文字の五山送り火、下旬にはお町内会で地蔵盆(じぞうぼん)と、イベントが盛り沢山なんです。そんなわけで、京都から暑いからといって、逃げ出すわけにもいきません。

 さて、京都の人々はどんな工夫をして涼を取り入れていたんでしょう。まず、町家では、窓に簾(すだれ)がかけられ、道路に面しては朝は東向き、夕方は西向きに大きな葭簾(よしず)が立て掛けられます。そして、襖(ふすま)は簾戸(すど)、障子は御簾(みす)に代えられます。座敷と庭の境には、生絹(すずし)という繭(まゆ)から、とれたままの透明な絹で織った布がかけられているところもあります。とても、軽いものなので、人が通るだけでフワフワと揺れるので、目に涼を感じさせるわけです。
 細長い家のなかには、あまり陽がささない目にも涼しい坪庭が必ず一、二ケ所ありますから、そこから冷んやりした風が通るんです。風は南北方向に通りますので、細長い町家は、とくに南北方向に建てられた家の方が快適なんだそうです。

 こんなふうに、夏座敷には自然素材を活用して、心にも目にも身体にも涼しく、軽くて持ち運びが簡単にでき、収納にも場所をとらない道具が工夫がなされたのは、町家という独特の住まいの様式がもたらしたものなんですね。最近では、冷暖房設備が整い、夏の装いを見かけることは、めっきり減ってしまいましたが、エコロジー感覚が見直され、ひそかなブームを呼んでいる様です。
 夜には坪庭の灯籠に灯がともされ、匂いたつような風情も楽しむことができます。坪庭と言うのは、決して『自然』ではありません。まるで、立体的な額縁で景色や風景、時間を切り取ったかのようで、家人の心意気がそこにあらわれるものです。その極小空間が『盆栽(ぼんさい)』という芸術をも生み出したのです。

京都芸術デザイン専門学校専任講師 冨永りょう

参考:『京都の意匠 伝統のインテリア・デザイン』吉岡幸雄著 建築資料研究社

背景絵

簾・簾戸(すだれ・すど)

簾(すだれ)は葭(よし)、竹、素木などを経糸(たていと)で交差させて編み込んでいったものです。『垣間見る』という言葉がありますが、もともとは男性が垣根や簾(すだれ)越しに女性を観察することをいい、少し距離をおいて、女性のお衣裳やその風情を見て、その女性の美しさを想像したことが語源のようです。奥ゆかしい文化ですね。
簾戸(すど)は、簾(すだれ)のまわりに枠があって襖(ふすま)や障子(しょうじ)の代わりに使われたもので、開閉式になったものです。

旧萬年社跡地の写真
無題ドキュメント